リレーエッセー 第65弾

<バスタブにムカデの三ツ星ホテル―格安中国ツアー顛末記―>

林 久雄(学7C)

今年3月上旬、K旅行社の格安ツアー・上海・蘇州・杭州七日間の旅に、「楠ヶ丘会・将棋同好会」のメンバーの3人で出かけた。

「安物買いの・・」と云う事もあるが、ホテルが上海、蘇州、杭州各2連泊のゆとりスケジュールであることと、上海、蘇州は四ツ星、杭州が三ツ星なのに惹かれ、「いくら価格が安くとも、飛行機が墜ちることも無かろう」と出発のはこびとなった。


小雨と粗食の7日間

出発前日、旅行中の天気をインターネットで調べてみると、7日とも小雨の傘マーク。

12年前の上海の薄ら寒かった気候を思い出し、トランクにセーター1枚余分にいれた。

濃霧を抜けて着陸した上海の空港の風景は水溜りに小雨が輪を描き、何とはなしに、薄ら寒い陰鬱な印象を与えた。

(蘇州・寒山寺)

(蘇州・寒山寺)

一日目、小雨まじりの曇天の中、上海・豫園門前市場散策の後、蘇州に向かい、「月落烏啼・・」の漢詩で有名な寒山寺を参詣。上海から同乗の男性添乗員は上海外大卒とのこと。日本語もかなり上手く漢詩の説明も一聴に値する。天気の鬱陶しさを除けば、「まあまあ」で一日目は終った。

二日目蘇州から近い淡水真珠の産地無錫の真珠会館に連れて行かれたが、ここで案内員の一見美人の40近い女性の凄まじい真珠売り込みを見せつけられた。

走るバスの中で「無錫は淡水真珠の有名な産地で、当地の素晴らしい品質の真珠を是非お土産に…」と宣伝。 真珠販売所では、販売員が購入を思案している客とのやり取りで、「もう一つおまけするよ」と云えば、横から「一つではダメ、もう二つおまけ、その代わりもう一元出して」と香具師顔負けの売り付けをやっていた。

ツアーも二日たつと食事のパターンが解って来る。朝はホテルでバイキング、昼と夜は市中のレストランで、味はさほど悪くはないが食材が粗末な中華コース料理。後から振り返ると、昼夜毎回が殆ど同じレシピだった。最終日、自由時間に上海の場末のラーメン屋で食べたラーメンがやたら美味く感じた。


トラブルは杭州で起こった

三日目、蘇州をバスで出発し、途中蘇州・杭州近郊の水郷を見物、ストレスの溜まる夜食の後、杭州の"星三ツ"と称するホテルにチェックインした。

部屋に入り分かりにくいスイッチを探し当て部屋中の電燈をつけ、相部屋のH氏とクローゼットに衣類を掛けていると、誰かがドアをノックしている。覗くと、同行の別部屋のO氏が困惑した表情で、「電燈を点けたら電気が切れて真っ暗になってしまった」と。

「多分ブレーカーが落ちたのでしょう」と安易に考えて、O氏の部屋のブレーカーの所在を探したが見つからない。上海から同行の添乗員の部屋に電話。彼とホテルの従業員とが来て、クローゼットの横の鏡を二人掛りで取り外すと、壁の中からブレーカ―が現れた。 私は思った。「このホテル古いのを改修、電化設備を間に合わせに取り付けたな」と。「この調子では、漏電火災も無きにしも」と改めて非常階段の場所を確かめた。


まだまだ続くトラブル

一段落して、H氏がシャワーを浴びに浴室に入って間もなく、「ちょっと来てくれ」との呼び声。浴室をのぞくと、強い近眼のH氏がバスタブの底を指さし、「なにか木くずの様な黒いものが……、すまんが確かめて」とのこと。よく見ると3〜4センチの細長い頭が黄色、胴体が黒い昆虫。チリ紙で掴んでよく見ると、小型のムカデのようだった。兎にも角にも、不用意にバスタブに足を入れず、災難を未然に回避できてよかった。

そのあと、H氏、O氏、私の3人で近所のスーパーで買った紹興酒でささやかな酒盛りとなったが、O氏が飲みながら、「洗面台の配管が水漏れする」とぼやいた。翌朝たまたまエレベーターで乗り合わせたツアー行の男性に聞くと、「私の部屋でも、水漏れで配管の周りの浴室の床は水が滲んでますよ」との事だった。


部屋のドアが開かないキー・トラブル

(杭州・西湖、湖畔風景)

(杭州・西湖、湖畔風景)

今回の旅の最大のトラブルは、4日目の夜から5日目の朝に起こった。杭州・西湖の小雨に煙る風情ある景色に満足して戻ったツアー一行の夫々の部屋のドアが開かない。カード・キーがダメになっている。運よく廊下を通りかかった用務員のマスター・キーで夫々ドアを開けてもらい部屋に入ったが、気が付いた。用務員の合鍵で部屋に入ったが、自分の持っているガード・キーは磁気が消えたままで、ドアは開けられない。

上海からの添乗員に電話すると、「フロントに行けば直してくれるよ」と。取りあえずフロントに行って、カード・キーを改修、併せて添乗員に再度「他の人達のカード・キーも同様なので、フロントに行くよう連絡してあげて」と通知したが、相手の気のない返事に一抹の不安を覚えた。

翌朝、食堂で朝食を済ませ、自分の部屋のフロアーに上がって来ると、ツアー同行者が多数「またドアが開かない」と騒いでいた。

バスが出発する直前、添乗員を捉まえた私は、「皆さんにキーの改修を通知するように連絡したのに、何故しなかった」と詰問したら、「無事ドアは開いたから、いいじゃないですか」と。「済みません」と言わない中国特有の典型的論法が頭にきた。「する事しないで恥ずかしくないのか」と怒鳴りつけたら日本語で「済みません」と小声で謝った。


その後

キーの一件のあと、気のせいか添乗員の仕事振りが変わったように感じた。上海の空港で帰国搭乗のチェックインの際も、カウンターにいる航空会社の係員に話をつけて、我々団体一行は別の列で処理させ、スムーズに搭乗手続きを完了させた。 そうは思いたくないが、性の悪い観方をすれば、帰国後、K旅行社にクレームがいくのを惧れたのかもしれない。誰かが言った、「弱きを挫き、強きを援けると云う奴だネ」と。

(上海・外灘)

(上海・外灘)

6日目、上海の有名スポット、黄埔江沿いにかっての侵略者・欧米列強が建てたビルが建ち並ぶ外灘を散歩しながら、12年前にはビルの狭間に在った木造バラックの集落を目で探したが見当たらなかった。

都市の景色は急速に塗り替えられていく。しかし、無錫の香具師まがいの真珠売り込みの女性や、7日間付き合った男性添乗員をみると、「改革開放」経済政策の鬼子"拝金主義"が旧い国民性と結びついて、かかるタイプの人物を造り出しているのかと思った。

7日目朝、上海空港を出発、トラブルなく、昼に関西空港に着陸した。

− 完 −

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