リレーエッセー 第60弾

ペーダ先生のほほえみ

小林信次郎(2EA)

ペーダ先生(Philip Karl Pehda 1921.5.7 〜 1994.9.22)とは半世紀以上も昔の1956年(昭和31年4月)から1960年3月まで僅か4年間だけ英会話の講師をされたアメリカ人である。 通例だが母校の様な外国語大学は開講する外国語の数は英語のみならずドイツ語、フランス語、スペイン語、ロシア語、中国語、インドネシア語等と多い。 その上外国人教授のゼミ担当は少ないから退職後10年もすればほとんど忘れられてしまうものである。 ところがペーダ先生はそうではなく、年数が増えるに従って様々なエピソードが加わり、有名にすらなられた。 特に1977年の女子大生のジーパン着用しての受講拒否はメディアにも大きく取り上げられ、約30年後の現在でもブログでは時々取り扱われている。 ペーダさんは不思議な先生であった。

外大時代は授業面では遅刻は一切認めず欠席扱いを貫かれた。 濃霧で電車が遅れてもダメで、地獄坂を息を切らしながら教室に駆け込んでも無駄で一悶着を起こしたが、やがて慣れていった。

学生のクラブやサークル活動についても頗る熱心で興に乗れば勤務校にこだわらなかった。 外大時代は、男子バレーボール部の春秋のリーグ戦があるとペーダ先生が会場に出かけて、身長2メートル強、体重120キロと推測できる巨大な体をくゆらせて"Let's go! Gaidai!"と大声援をしたものだから大いに注目されたものである。

先生は専任校を外大から神戸女学院に移されて非常勤で関学や阪大等でも教えながら、日本サッカー協会の会員としても活躍される場を広げて行かれた。

外大時代に戻って、バレーボール以外に語劇にも興味を示された。 1961年の第12回語劇祭は12月に海員会館で行われた。英米学科はElmer Riceの評判作「街の風景」を上演したが、ペーダ先生が駈けつけられた。 その時の終演後の記念写真を掲げておく。

英米学科1年生で、このドラマにも出演したMさん宛てに

ペーダ先生から送られてきた年賀状に使われていたものである。


ペーダ先生は日本文化全体であるが、特に芸能やスポーツにも造詣が深く、「日刊スポーツ」紙は日曜版に「エトランゼの日曜訪問」というタイトルの1ページ全面記事とする企画コーナーがあり、その「エトランゼ」に先生が抜擢された。 相手は三船敏郎、山田五十鈴、仲代達也等といった名優たちであった。 先生は通訳に、英会話受講の学生岸名経夫さん(学9EA)を考えるのであった。 新聞社の企画であるから通訳の予算も十分組んであって、学生通訳を依頼する必要はなかったが、担当する学生の実習教育だとも考えての対応であったかもしれない。 日曜訪問の詳細については『楠ヶ丘』No.47の「ペーダ先生との思い出」(67〜69頁)に詳しい。

ペーダ先生の在日40年以上に及ぶ教育歴から回顧してみると、外大ではたった4年間であったが、バレーボール部への応援、語劇祭へのかかわり、ならびに学生への通訳依頼の3項目ならびに遅刻は一切認めず欠席扱いにした事がすぐに思い浮かんでくる。 先生の狙いもほぼ達成されたのではなかろうか。 たとえば授業への出席を考えても、初めは不満や抵抗もあったようだが先生の「欠席」の一言で終わり、やがてどのクラスも時間より少し早く教室に入るようになったと伝えられている。

ペーダ先生の長い在日生活の中の教育面での功績を象徴するものとして、先生を偲ぶ行事がある。 先生の死後わずか10日も経っていない10月1日、神戸女学院大学の講堂でキリスト教式で行われた。 式場は喪服姿の参列者で溢れかえり、その数は1000人を超えていたと言われている。 この数は在日40年に亘って教育と文化の紹介面でさまざまな貢献があったことを端的に象徴しているのではなかろうか。 祭壇にはサッカーボールが一つ供えられてあった。 関西学院大学サッカー部からのものだったそうである。 "Let's go! Kwangaku!"と大声で応援しておられる声が遠くからはっきりと聞こえてくるような思いにとらわれる。

この追悼式のハイライトは追悼のスピーチであろう。 スピーカーはペーダ先生の在日年数の圧倒的長い神戸女学院大学から選ばれたのは当然であるが、神戸外大からも依頼されて、2部7回卒の矢野勝之さんに白羽の矢が立てられた。 矢野さんの話は「ペーソスとウィットにあふれたスピーチで会場の涙と笑いを幾度となく誘われました(1)」と報告されてある。

ペーダ先生の外大での担当は英会話の能力、言いかえれば英語を聴いたり、話したりする能力の養成や強化であったから、矢野さんの卒業約40年後の先生への優れた英語のスピーチを聴いて、遠くでにっこり微笑まれたと確信している。

写真右から ペーダ先生、橋本博行氏、塩津昌義氏、小牟田建三郎氏


注(1)『楠ヶ丘』No.34, 小牟田建三郎「ペーダ先生サヨウナラ」42頁

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2017年10月24日
(撮影日:2017年10月24日)

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