リレーエッセー 第46弾

「ベルギーへの旅」

名誉会長 須藤 淳(学4EC)

商社に勤めている私の長男が、今年の3月ベルギーの首都ブリュッセルへ赴任したので、私たち夫婦は9月2日から2週間ブリュッセルにある長男夫妻の家を訪ね、周辺で観光することにした。 ベルギーというのは、近頃では特に世界の注目を浴びている。 ヨーロッパ連合の大統領がブリュッセルに居住し、EUの政治・経済・軍事関係の代表が会合し審議するのがここブリュッセルであるし、日本からのベルギー大使もEU大使もブリュッセルにいる。 ヨーロッパのどこへ行くにもベルギーからは交通も便利であるので、ヨーロッパの心臓部にあたるのがベルギー、特にその首都ブリュッセル(Bruxelles, or Brussel)である。 神戸大学もこの9月からブリュッセルに欧州連合研究センターを開設した。

ベルギーを含めて、フランダース地方といえば、英国との関係が古くからあり、英国で育てた羊から取った羊毛をフランダース地方で加工するという密接な関係があった。 多くの人がその本の名を知っている「ユートピア」を書いたイキリスの学者トマス・モアも1515年春にブリュッセルやブルージュを訪問し、ラテン語で書かれたこの本はまず1516年末にブリュッセルの近くの学問の町ルーバン(Louvain, or Leuven)で出版された。

9月2日午前10時過ぎに関西国際空港を飛び立ったオランダ航空機ボーイング777は、およそ12時間でオランダの首都アムステルダムにあるスキポール空港に予定通りに到着、ここの空港の広いこと、airport caddyという電気自動車に乗せてもらって、端から端まで移動。 この電気自動車を運転していた青年が上手な日本語を使うので、驚いたが、その若者は京大に1年ほど留学したり、長崎のハウス・テンポスでアルバイトをしたことがあるという。 オランダのライデン大学で日本学を勉強したとの話で、300年の徳川鎖国時代にオランダとは門戸を開いていたという歴史がいまだに影響しているようだ。 坂本龍馬と明治維新を研究したジャンセンというプリンストン大学教授も、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という本を書いた日本研究者であるエズラ・ボーゲル博士もまたその息子でカリフォルニア大学バークレー校教授スティーブン・ボーゲルもオランダ系アメリカ人である。スキポール空港のオランダ青年が私に教えてくれたことは、日本語で使う「お転婆」はオランダ語から入ったものであるということである。 小学館発行の「大辞林」では、「お転婆」の語源は不詳となっている。 またスキポール空港では東ヨーロッパやアフリカ行きの見たこともない珍しい標識やマークをつけた飛行機もずらりと並んでおり、壮観であった。 約1時間の待ち合わせで、City hopper というオランダ航空の近距離用の飛行機に乗り、ブリュッセル空港に着いたのは1時間後の現地時間で午後5時半過ぎで、長男が迎えてくれて、車で20分、自宅へ着いた。

近くのブリュッセル公園

長男の会社から与えられている住宅は、緑の樹木やきれいな草花に囲まれたヨーロッパの伝統的な3階建ての洋館であり、地下に洗濯場や車庫があり、三階には卓球台まであった。 日本では、今年は異常に暑い日が続いていたが、ベルギーでは、朝・晩は10度前後で、昼間でも20度以下であって、とても快適な気候であった。 ブルッセルでは、交通機関はトラムという電車があり、地下鉄もあるが、サラリーマンの多くが自動車で通勤しているようである。 会社が社員に課長以上になると通勤用の車を貸与することになっており、そのほうが自家用車を持つより税金などの面で得になるとのこと。 ベルギーでは、自動車を生産していないので、ここは世界の自動車製造会社が売り込みに熱心なところで、日本のトヨタ、日産、スズキ、マツダなども販売拠点をおいている。 街を走る車には、日本車も多い。 韓国の現代自動車、起亜自動車なども走っていた。 ドイツ車はもちろん一番多く見かけた。

税金といえば、ベルギーでは、消費税が21%かかる。 そのほか、レストランなどで食事をすると12%上乗せされるので、チップは払う必要はないようである。 この地では、食べ物がおいしい。 北海が近いので、魚や貝、エビなども新鮮なものが豊富であるし、果物もスペイン、イタリア、フランスなどから入ってくるので、不自由はしない。 でも、リンゴは大きさが小さく、桃は丸くなくて、ひしゃげた形をしていた。 昔外大で教わった東洋史の山本守先生が、中東や地中海地方のザクロ (E. pomegranate)はおいしいと言われていたのを思い出して、買って食べてみたが、果肉というより種をたべるので、めんどくさいし、味も思ったほどではなかった。 スペインの都市にグラナダ(Granada)という町があるが、これは、ザクロで有名な街である。 手りゅう弾のことを英語でhandgrenadeというが、これも手りゅう弾をザクロに見立てての命名という。

ベルギーという国の言語事情については、ベルギー人で日本語の方言学者として有名であったグロータス先生がよく話していた。 ベルギーでは、北部ではオランダ語が通用し、南部ではフランス語が日常語であるので、スーパーマーケットなどで洗剤やら調味料を買っても、説明は、この2ヶ国語でなされているので、日本人には、かなり苦労である。近頃は英語を話すベルギー人も増えているので、日本人も少し生活するのが楽になってきたとのこと。 1993年欧州連合が発足して以来、ヨーロッパでは英語の公用語化が大きな傾向となっている。 フランスでは、自国語のフランス語を大事にしてきたが、さすがにフランスにおいてさえも英語が次第に広がってきているのは事実である。 ブリュッセルで日曜日に市内の中心地にあるマーケット広場へ私たち4人で出かけた。 とてもにぎやかで、店舗に早変わりするように改造した大型のトラックを広場では並べて、いろいろな品物を売っている。 自宅の庭で育ったブルーベリーやらイチジクなどを材料にしてhome-madeのjamを売っていた上品なおばさんと英語で話をしていたら、「私はUniversiadの時に神戸へ行き1カ月ほど過ごしましたよ」となつかしそうにするので、びっくりした。 ちょうどそのユニバーシアードの会場になった神戸外大の卒業生ですと私が言うと、また話がはずんだ。 3個ばかりジャムを買って握手をして別れた。

ブリュッセルの郊外にある「ガースベーク城」に出かけた。 13世紀に建てられた要塞であるこの城は、フランス国王ルイ14世時代にフランス軍の攻撃で焼かれて破壊された塔もあるが、その後修復もされて、ほぼ古い城塞として残っている貴重なものであす。 城の入り口においてguide tourの料金を払い、待っている間に、入口にある掲示版のオランダ語を、私がドイツ語の知識で推測して管理員のおじさんに英語で説明すると、大変驚いて、オランダ語を理解する日本人に初めて会ったと言って喜んでくれた。 やはり言葉は人と人の心をつなぐ大切な道具である。

9月12日(日曜日)にブリュッセルから列車で1時間ばかりの古い都市ブルージュへ出かけた。 ブリュッセル中央駅から、私たち4人は1等車のキップを買い列車に乗り込んだ。広々とした二階建の車両で、1等車といっても座席指定はなくて、車両指定があるだけである。 発車前に4-5人の家族連れのやかましい外国人が乗ってきた。 やれやれ途中落ち着けないかなあと思っていた。 列車が発車して、車掌がやってきて、この連中にキップを見せてほしいというと、出したキップは普通車両用のもので、車掌に促されて、普通車両に移って行った。 やれやれ。 1時間ほど走る列車の窓から見る風景は、まことにのんびりした田園風景であった。 ヤギ、羊、牛はもとより、馬を飼っている牧場もかなりあった。 あとでわかったことだが、ブルージュの中央広場には、市内観光用馬車が数台おり、また、家の近くの森でも、馬に乗ってこの森に入るべからずとあるから、まだまでベルギーでは馬が観光やらスポーツに使われているようだ。 ブルージュ駅で降りて、タクシーでマルクト広場へ行くと、広場を取り巻く美しい古式豊かな建物が見える。 この広場のあたりは、世界遺産となっており、中心には14世紀フランスの圧政に対して反乱を起こしたブルージュの2人の英雄の銅像が立っている。

ブルージュのマーケット広場と世界遺産の建物

街を囲む運河があり、40分ほどで運河めぐりのクルーズを楽しめる。 中世以来で現在でも使われていて、ベネディクト派の修道女が生活している修道院を船から見ることができる。 愛の水公園(minne wasser park)と言うところもあって、ボートの案内人が「愛の水公園へいきます」と日本語で説明する。 そのほかの場所では、案内人は英語、オランダ語、フランス語で解説してくれる。

ブルージュでの運河巡り

あと、ブルージュ周辺の特産品であるきれいな刺繍作品を少し買い求めてから300分置きに出発する列車に乗って、私たちはまたブリュッセル中央駅に帰ってきた。

ブリュッセルでは、大体朝方は曇っているが、昼前には青空の快晴の天気となるのが普通である。 夏時間を使用しているので、午後8時ぐらいでもまだ外は明るい。 街に住む人には比較的歳のいった夫婦が多い。 仕事を退職した初老の人がブリュッセルに多く住むという。 治安もいいし、1年のうち三分の二は気候もよくて、生活しやすい。 ただ冬になると、かなり寒く夜も長いそうで、日本人の駐在員の人の中には、冬は家族を日本に避寒に帰す人もいるとか。

ベルギーは、オランダとルクセンブルグと一緒になってベネルックスという共同体を作っていたのが、さらに大規模なヨーロッパ連合という組織を作り上げたのは、歴史的に初めてのことであろう。 27か国、4億5千万人を束ねて、平和で最大の経済ブロックである。 日本から飛んで、最初に降りたオランダのスキポール空港で入国審査を受ければ、あとベルギーへ行ってもなんの手続きもいらず、共通の通貨を使える。 欧州連合内ならどこへでも行ける。良いことばかりではない。 いろいろな国の人が入ってくるから、ときに治安が悪くなったり、事件がおこる。 ベルギーでも2006年4月の午後4時半ごろブリュッセル中央駅で17歳のベルギー人の若者がポーランドから来ていたロマ人(昔はジプシーといわれた)である青年ふたりに殺されるという。 ベルギーでは、大きな社会的反響があって、今も続いている。

自分の国の文化、科学、宗教などの独自性、存立基盤を守りながら、外からうける国際化の影響とどう対処するか、これからの問題であり、日本人にとっても避けて通れない将来の道である。 ベルギーでのんびり2週間を暮らしたが、日本も欧州連合のたどる道をこれから注意深く参考にする必要があると感じて9月18日の朝関西空港に私は降り立った。

被爆アオギリ2世の成長

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2017年10月24日
(撮影日:2017年10月24日)

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