リレーエッセー 第35弾

「何故に私は……」

横倉 正明(II15ED)

年齢が数年前に60の大台を越えながらも生れついての外に出たがりの性癖が昂じたままで旅好きの人間になってしまっている。 高校時代に授業で学習した古文の「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり‥予もいずれの年よりか片雲の風にさそわれて漂泊の思いやまず…海浜にさすらへ…」 名著の出出しからの文句が脳裏に焼き付けられてしまっている。

9月のカレンダーで翌月10月の日日が分るものを目にしその中で14日15日の日付けが目に入ってくるともう浮き足立つのである。 「何故に私は白川郷(岐阜県)に行くの?…」と自問する。 そう、この日は知る人ぞ知る白川村で生きた「どぶろく」が好きなだけ飲める日なのである。 人里離れたこの山奥の寒村で厳しい冬を迎える前にこの年の五穀豊穰を神に感謝し来たる年もそうでありますようにと万の神に祈念し昔からの唯一の楽しみである濁り酒であるこの「どぶろく」を村人と共に痛飲するのである。

私がこの村にはじめてやって来たのは遡ること20余年以上になる。 大病を患い休職中であった時冥土に行く前に好きな温泉につかりにでも行こうかと奥飛騨温泉に行った時のこと。 ふと「天下の奇祭・どぶろく祭」の字が目に入ってきた。 どんなもんか分らんけどここまで遠くに来たついでにちょっと行って見ようと車を走らせた。 着くと「村」という言葉がピッタリする茅葺きの家が目の前に点在しているのである。 香川県の田舎農家の子供として11才直前まで育った私にとって茅葺きの家は納屋がそうであったので珍しくはなかったものの山間の村の殆んどの家が茅葺きでありとてつもなく大きなものも少なからず在り「何やこれは!」とただただ驚くばかり。 車を降りゆっくりと村の中を散策する。 小川のせせらぎ、家の池の中でゆうゆうと泳ぐ鯉、コスモス等の秋の草花、池で自生する水草、年代の重さを感じさせながらドッシリと立つ「合掌造り」の家等々。 不自然さなど微塵もなく夢遊病者の如く村の中をグルグル廻り写真もパチパチ撮って歩いた。 しばらくして祭りの会場である神社に近づいて行くと殆んど忘れかけていたカーバイド灯のニオイがする。 露店がぎっしりと並んでいる。 更に会場入口までくると入場料200円の字が目に入ってきた。 「人が来んようなこんな山奥の祭りを見るのにお金が要るんかいな。」と憤慨しその場を後にした。 然しながらさっき見た景色をもう一度晴天下で見たく思っていたので翌日来ることにはしていた。

小京都・高山から再度来村。 歩いていると学校に行くグループの子供らが「お早うございます。」と挨拶の声を掛けてきた。 子供達にとっては全く見知らぬオッサンである私に恥しさや照れもなくごく自然に声をかけてくれたのである。 私は口ごもりながら「あっお早うございます」と返答したがちと恥しかった。 子供の礼儀正しさとその純朴さにふと神戸のことを思った。 家の近所で小中学生と擦れ違いざまに挨拶の声をきいたこととか私が声をかけたことがあったかな?と。

境内近くの土産屋に来た時そこの店員に「こんなに遠くてさみしい村のお祭りを見るのになんで入場料が要るんですか?」と聞いてみた。 若い頃徳島の阿波踊りはタダで見れるものと思っていた輩である。 山間の寒村の祭りを見るのになんでお金が要るねん。 という気持ちが心の隅にあった。 「あれは境内で大盤振る舞いのどぶろくを飲むための盃を買うためのものなんですよ」との返事であった。 「それを買って境内に入ればどれだけ飲んでも結構なんです」との事。その時は旅程のスケジュールもあったので神戸に帰ることとなる。 数日後、本屋で高山・白川郷の本を買い求め白川郷、特に「どぶろく祭り」の事について深く勉強をすすめて行く。 更にSOGOでの高山物産展にも足を運び知識を深めて翌年の「どぶろく祭り」への準備を進めていく事となる。 約1年後の祭りを精一杯楽しめるようにと…。 今回は私が撮った写真で白川郷の雰囲気を少しは味わえるのではないかと思える写真を紹介しておきます。 この土地を御存知の方々には何の変哲もないものでしょうが…。

(続きは又今度)


被爆アオギリ2世の成長

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2017年6月28日
(撮影日:2017年06月28日)

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